表現者達へ


いつかの銀座でのこと



GINZA SIXでDIORの服を見ていると

もの凄くカッコいい女性がいました。



オノヨーコと夏木マリを足して2で割ったような

背筋がスラット真っ直ぐで

ただものではない存在感



媚びていない強さを感じさせながら

ただそこにいるだけで

誰もが魅了されるような

何かを放っていたのでした。




アーティストかな

女優か、何かの表現者




わたしは目で追いながら

記憶に焼き付けました。






一方で

今年の2月に滞在したドイツのワイマール




ここは芸術造形学校「バウハウス」発祥の地でもあり、

文豪ゲーテがその生涯の大半を過ごした場所でもあります。




ゲーテといえば、中学生のときにシューベルトの「魔王」が印象に残っています。



そんなゲーテが過ごした街は、

芸術、建築、デザイン、音楽、詩、哲学などあらゆる芸術分野が育まれた街




わたしは滞在しはじめたその瞬間から

ゲーテが長く滞在するのもわかるな、というような、なぜかしっくりくる

不思議な感覚を覚えていました。




いろいろな国を訪れていると、

街の空気の素材の中に

何かの記憶が折り込まれているのを感じることが度々あります。





私はゲーテの家のすぐ真向かいにある

氣のいいカフェに入りました。


パンもコーヒーもとっても美味しいカフェでした。




すると髪の毛が腰くらいの長さもある男性が一人、お店に入ってきました。




かなり着古したジャケットを着ていて、

全体から醸し出す雰囲気から

アーティストかな。

そう思って、目で追っていました。




店の常連さんのようで

カフェの人と会話をしたあと

その男性は、ちょうど空いたばかりの

私の隣の席についたのでした。



コーヒーにも手をつけずに

かなり使い古したカバンから

大量の楽譜をテーブルに取り出して



その楽譜を見つめ




何かの中へと入った.....



そのとき



わたしは一気に

どこかの空間へとトリップしてしまい、

どこからか湧き出てくる

無限の創造力と繋がり


その男性が繋がっている空間の中に

同一化していました。




そこは無限でした

宇宙

銀河みたいな

空間全部が創造に満ち溢れているようで

わたしの肉体の全ての細胞は

ばらばらになり

その空間に満ち溢れるエネルギーと溶け合っているかのようでした。




わたしはそれがあまりにも一瞬のような出来事の中に起こり、

意識がカフェに戻ってきたとき

心が喜びに満ち溢れて

涙がこぼれていることに気が付きました。



なんて純粋な

汚れのない

不安のない

創造力なんだろう



わたしはそれを感じたくて

それが喜びであり

地球にいる意味のようにも感じて

ひたすらに、嬉しかったのです。




アーティスト

表現者



そのことについて考えるようになったのは

ロンドンでのことでした。



Royal College of Artでの卒業展を見たときのこと。



ここは、アート・デザイン分野の

世界1位にランクインし続けている芸術大学です。



卒業生であり、案内してくれた

Eriko Takenoにより、

アーティストがなぜ表現するのかについて私たちは話しました。



それは例えるならば


まだ肉体になる前の魂の段階で決めたきたことを、地球でやりつくすため。



生きるためでも

食べるためでも

収入を得るためでもなく

ただ魂が決めてきたことを表現するためなのだと私なりに感じられたとき、

わたしはその尊さを知りました。




アーティストは、ビジネスとは対局の場所にいるように感じるときがあります。



役に立たないかもしれない悩みと葛藤


売れないと意味がないかもしれないし

知られないと意味がないかもしれない



意味って、そもそもなんだかすらよくわからなくもなる。



とにかくわたしはそんなことで

よく悩みます。




ユートピアじゃないんだから

コロナで大変なんだからと




だけど、その先に見えるこたえが

きっとあると思います。



生命、神秘、個性、いのちの美しさ、音楽、創造




細胞がもともとの創造元と一体になるみたいな、あの感覚とか。





For the New 制作中の作品



Story1

長く長く旅に出たスピリットたち "影" が、肉体に戻ってくるような、そんな旅。

影が私のもとに戻ってきた。自分のスピリットたちが肉体を感じている。


自由の旅に出た影は存分に空と光を感じ吸収する


Story by Eriko Takeno