過去を超え、これから大切なこと



久々のブログです。8/15の終戦日に本を書き上げた途端、ブログがストップしておりました。本に込めた思いが大きすぎたのでしょうか。今は、ごく数人の友人に原稿を読んでもらいながら、次の作業に入っています。今日はイギリスで感じたインスピレーションのお話です。



楽しみにしていたスコットランドのエディンバラ城。ここでは、写真を撮る気がしませんでした。なぜなら、「もう過去はどうでもいい」という感情が溢れてきたからです。エディンバラの要塞は軍事活動の中心地とのことで、これまでの歴史で繰り広げられてきた数々の争いを記した展示物が多くありました。占領を重ね、勲章を重ねていく栄光の記録です。


私の気持ちは複雑で、こんなにも大きな剣で人と人が殺しあったんだ、痛かったよね、刺すのも嫌だっただろうね、でも仕方なかったよね...


1番嫌だったのは、展示物の目玉である大砲にまたがって、記念撮影を笑顔でしているアジアの観光客に心底嫌気がさし、すぐにその場を後にしました。品がないなって。


フランスのモンサンミッシェルは良かったのになあ。とてもフェミニンで優しい空気でしたから。何かを察したように夫はこう言いました。「もう戦うというフェーズではないからね」



しかし10日滞在したエディンバラは、その過去の傷を超えたファンタジーの街でもありました。ふくろう、何度も見た虹、最終日のシャボン玉。新しい今を祝福しているかのような暖かく素朴で素敵な街だったのです。



今年の夏からさらに時代の空気の変化はとても早くて、明らかに何か大きなシフトが起こっているように感じています。過去が切り離されて、新しく生まれ変わるような感覚。ここで大事になってくるのは、「哲学」だと確信しています。情報、知識、勉強だけで補えるものではなく哲学が人を真ん中に連れ戻す。

人が会社を作り、そして社会や国を作ります。だから哲学がどうしたって重要なのです。どんな哲学を持って生きているか、まず、そこに向き合わないとはじまらない。



そしてもう一つ。「神聖さの復活」です。

祈る姿は美しく、祈りもまた、人を真ん中に連れ戻します。

祈る姿が不自然だったり、異様であったりと、美しくないものには違和感を覚えます。

「真実の美しさ」その神聖さの復活がテーマに上がります。


大切だと思うのは、心に信仰を持つことですが、宗教は枠だと思っています。




私の頭の中には、何度も繰り返す声が常にあります。



貴方は何を生み出しにきたのだ


たまに問われるそのメッセージに私は立ち止まります。同時にこのメッセージは、全人類に共通する問いなのではないかとも思うのです。


自分自身について自信がないと思ってしまうのは、覚悟と準備が不足しているからであり、自信とは自分でつけていくもの。言い訳は美を喪失します。


何を成し遂げるために生きているのか。過去や自分と向き合ってきて、ここからさらに未来へと向かってまた一つ何かの壁を超えようとしている時期なのだと思います。Trust yourself .


MAMI