靖国神社_夢からはじまる物語2

The role of the work of the day

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前回の続き


コスタリカについて2年越しに調べている時、ある試写会&監督来日イベントが開催されるという情報に辿りつきました。それも10日後、残席6です。見なければいけないと感じました。なぜなら、どのようにして国民の幸福度の最大化に取り組んでいるのか?その国家プロジェクトをまとめあげたリアルなドキュメントであるからです。先週は「この世界の片隅に」を見ていましたから、戦争での不条理を知ったその後には、その解決の手がかりはないだろうかと、心はいつもそれを探していました。そうでなければ、ただ映画を鑑賞しただけで終わりです。


内容は伝えずに、29日にイベントに行こうと夫をお誘いすると、すぐさまこう返ってきました。「その日、靖国神社にも行きたい」。へーーそうなんだ、と思い調べてみると、なんとその会場と靖国神社は徒歩圏内でした。


4月29日(日)靖国神社。その日は昭和の日でもありました。ちょうど前日に、私は銀座で講演をしている人の声が耳に入ってきました。靖国神社について話していたのです。毎年毎年、みたまが増える神社は他にはないというようなことを話されていました。


日々はそのようにして、何かの流れに運ばれていくようです。

銀河系そのものが、猛烈なスピードでどこかへ向かっていくのと似ています。

螺旋を繰り返しながら、結局全体でどこかへ向かっているのです。



11:30からの参拝の中で、私はとても不思議な感じがしていました。1週間前に見た映画「かぐや姫」の世界に入り込んだような体験をしたからです。本殿の中を、白い身なりの神職さまの後をおごそかに歩きました。


私は丈の長い服の両端を少し持ち上げて、しゃなりしゃなりと、優美さを心がけて歩いていました。まるで平安時代のようだと感じつつ、かぐや姫が描かれたその時代では、このように所作や身なりを丁寧に行うことをしたのだなと、ほんのわずかな時間ですがタイムスリップしたかのような体感をすることができました。

その時に感じたことは、着物や繊細な衣装を着ることで、その人の所作に神経が行き届き、神聖でありながら何かとても神がかった美しさを感じるということ。

衣服が持つエネルギーは、人のエーテル体の粒子と同じような働きかけをし、身につける人の神経や細胞の細部にまでそのエネルギーがゆき届くことで、人の美しさに神が写るというイメージが浮かびました。


衣服が持つ立体的、多角的な作用です。

人々は便利さや、楽さを求め、日常の神聖な美というものを、少しずつ失っていったのかもしれません。


美を追求することは、平和を表現する何かに向かうような感覚がするのです。

おこがましいのは承知の上ですが、とりとめもない今の気持ちを、このblogで書き残しておきたいと思います。


靖国神社でのこと、また明日書きます。



Blog by Mami Grace Osada

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